33歳での転職が天職になる

 1973年から週刊少年ジャンプで連載が始まった「はだしのゲン」の作者の中沢啓治さんが、2012年12月19日に肺がんのために73歳で亡くなりました。その「はだしのゲン」の連載が雑誌で始まってから40年になるのを記念して、2013年7月19日から広島市で「はだしのゲン」の原画や新たに見つかった続編の下描きを紹介する展示会が開かれています。実は先日NHKのドキュメント番組「はだしのゲン世界へ!」を見て驚いたのは、中沢啓治さんが亡くなってからも世界のいろいろな国で「はだしのゲン」がボランティアの手助けで翻訳されているのです。

 当時小学校の1年生だった中沢さんは1945年8月6日に、広島で被爆し日本画家だった父親と姉と弟を失います。中沢さんは偶然に建物の塀の影に避難し奇跡的に助かるますが、この時の悲惨な体験が描かれたのが漫画「はだしのゲン」です。終戦後に漫画家の手塚治虫さんの作品「新宝島」を読んで感動し漫画家になった中沢さんですが、当初は原爆の被爆者に対する偏見から被爆した過去を隠し原爆とは関係がない漫画を描いていました。しかし1966年に母親が亡くなった時に火葬した母の骨が、被爆のために遺骨が一欠片もなかったことでショックを受け原爆を題材とした漫画を描くことを決意します。

 

 原爆を題材とした漫画「黒い雨にうたれて」を描き上げますが、どこの出版社からも掲載を断られます。転機となったのは中沢さんが33歳の時で、週刊少年ジャンプの編集長から連載の話しがきたのです。それから描き始めたのが「はだしのゲン」ですが、何度も掲載が打ち切られそうになります。それは週刊少年ジャンプでは読者アンケートで評判が悪ければ、直ぐに掲載が打ち切られるからです。中沢さんの妻みさよさんが番組のなかで、その当時の苦労話されていました。

 

 中沢さんにとって、33歳は大きな転機でした。しかしその転機はけっして平坦な道のりではなく、むしろ茨の道だったと言ってもいいでしょう。33歳でこれから転職をする人にとっても転職は大きな転機ですが、けっして平坦な道のりばかりではありません。ただ中沢さんもその道を歩むのが、自分の使命だと考えたはずです。転職をする33歳の方にとっては、転職が天職になることを願っています。

 

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